都市再生に関するコラム

2020年5月19日 (火)

沖縄再生構想:琉球銀行新ビル

かねてから噂に上がっていた新ビルの規模が那覇市内では久々の60mごえと発表されました。

現在の本店に加え、駐車場とローンセンターも集約して現在琉球リースビルと跨がっている本社機能を集約し、あわせてホテルも入居させるとのことです。

今後テレワーク普及でデカいビルが不要になるかもしれないという指摘もある中での決断であり、見守っていきたいです。

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個人的には、1990年代にこんな架空ビル(中央やや右)を描いていました。完成を1995年に設定していたため、30年にして実現することになります。

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2020年5月10日 (日)

沖縄再生構想:これからできる60m以上編、ゆがふいん中部ホテル

おっさんのビル情報消滅という事態を受けて、60m前後をせめて沖縄だけでも紹介しておかなければと、この企画を出すことに決めました。

後ほど詳しく書きます。

計画名:港川プロジェクト

建築主:ゆがふHD(名護市)

住所:浦添市あざ港川510-1他

用途:事業所、ホテル他

構造:鉄骨、鉄筋コンクリート

床面積:35,616平米

地上18階

最高高さ:80.47m

着工:2020年2月


2018年11月撮影

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2020年撮影(緊急事態期間外)

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2015年9月18日 (金)

沖縄再生構想特別企画:さよなら那覇タワー 

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那覇のランドマークとして機能していたころの写真はkこ

かねてから温めていた企画です。

那覇タワーは返還後の沖縄の新しい観光名所として、金城信吉氏の設計の元、南映劇場や病院数件などの跡地を利用して、返還前年の1971年に着工しました。1973年6月にオープン、当初は隣接する沖縄三越の駐車場と支援施設として機能しましたが、1979年ごろの那覇タワーランドというゲームセンター設置を境にそれ自体が商業施設として機能し始め、1982年にマキシーショッピングセンターとして本格的な商業施設となっています。

しかし、1990年にバブルが崩壊、ここから迷走を始め、1999年に宝観光開発が倒産、浦添の遊技場の手に渡りCOM-Dとして引き続き商業施設として機能したものの、ある事情で手放さざるを得なくなり、営業を縮小、そこへ本土の大手デベロッパーが登場してきます。同デベロッパーは地下に駐車場を復活させてゼファー那覇タワーとして営業、沖縄そば博物館も開設されました。

ところが、今度はリーマンショックが世界中を襲い、デベロッパーは倒産、別の不動産が会社の手に渡るものの、このころになると老朽化が懸念されてきました。

2011年3月に東北を襲った震災以降、沖縄でも地震・津波への危機感がようやく高まり、耐震診断の結果、那覇タワーは耐震性が弱いと判断されたのです。そのため、不動産会社は「解体」を条件に福岡のホテル会社に売却しました。

そして、2014年9月、アスベスト除去工事を皮切りに解体が始まりました。そして解体業者がとった方法は

普通のビルと同じく上からパワーショベルで解体

当然、リスクもあって、ついに死亡事故まで起きています。作業員のご冥福をお祈りします。

解体中の写真

事故や台風などもあって、当初半年の予定だった解体作業は結局1年以上もかかっています。それでも10月末には完全に姿を消すことになります。

ありがとう那覇タワー、何度も通ったその記憶は一生忘れません。

データ

名称:ゼファー那覇タワー(末期)

場所:那覇市牧志2-2-6

階数:地上19階地下2階

最高高さ:82.6m

床面積:19,155㎡
完成年:1973年5月
解体開始:2014年9月(建造物寿命約41年4か月)

PS:跡地利用ですが、解体工事中に死者が出たり、タワー自体が持ち主が6度も変わったり、そもそも前は病院(今でいう開業医院程度のもの)が建っており、ここで亡くなった人とかも多いと聞きます。メルパルク跡地のホテル計画が病院に衣替えしたように、三越跡地(はぴなは)の建て替え後の商業施設に一部を分割し、残りの土地で病院にするべきではないかと考えます。

2015年1月29日 (木)

沖縄再生構想:変わりゆく現場あちこち

イオンモール、それに対抗する地元資本の増築、モノレール延伸、空港拡張など沖縄中あちこちで再開発が行われてきていますが、ここではそれ以外に自分が興味ある再開発をいろいろ紹介します。

うるま市役所増築

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人口が12万と沖縄市に迫ってきたのに、分散しているのは不合理だ(確かに、旧石川、旧与勝とは大きく離れている)として、旧具志川市役所を増築してるそうです。現在の庁舎も耐震改修するとか。

4つの庁舎がこれほど離れていない南城市でも、ゆいんちホテルに隣接して庁舎が建設されるそうです。

近年では那覇市のほか、西原町などで建て替えが行われました。これから豊見城市の新本庁舎などのほか、名護市ではあのエコ(?)庁舎に建て替え話が出てるとか(それこそもったいない)。

那覇市の建て替え実現とともに各市町村で活発になってきました。

鉢嶺本店ビル跡地計画

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鉢嶺本店跡地(OTVと新報の間)では、解体後リパーク駐車場になっていましたが、このたび新たなビルが着工されました。

計画名が「鉢嶺本店ビル建設工事」となっていますが、大きなクレーンで建設している通り、かなりでかいビルになるのは確実で、鉢嶺時計店の出戻り(新都心と2店舗制になると予想)に加え、新たなホテルが入るのではないかとみています。高さはおそらくOTVのビルを超えるものとみています(さすがにSTLの進路にはかからないでしょうが)。

ホテルが判明しました。アルモントホテルです。沖縄初ではなく法華倶楽部のリブランドとなります(買収され、宗教色もほとんどなくなっていたんですね)。

この辺りでは新報建て替え、さらにかりゆし琉球ホテルの建て替えもあり、古い建造物が一掃される勢いです。

2014年10月28日 (火)

沖縄再生構想:鉄道は与儀経由させるしかない

沖縄の運命を決めるキーワードとして「沖縄21世紀ビジョン」というのがあり、その中には本格的な都市間を結ぶ鉄道の復活というのが正式に盛り込まれています。現在のモノレールも悪くはないのですが、すでに延伸工事に入った西原入口(高速道路幸地バス停付近)から先へ延ばしたとしても、空港から泡瀬ゴルフ場跡地に建設中のイオンモールまでは1時間以上かかるとのこと。現時点ではモノレールは鈍行なのです。すでに現行方式で100km/h出る車両というのもありますが、おそらく導入できないでしょう。

現時点で本格鉄道の形式は車輪式リニアミニ地下鉄(大江戸線・福岡の七隈線と同じ形式)、またルートは国際通りから新都心、浦添、あとは旧嘉手納線に沿うか普天間跡地を通すかで分かれていますが、沖縄市、うるま市、石川地峡を通って再び西海岸へ出、名護へと至るルートが考えられています。

でもちょっと待った!

国際通りから新都心って完全にモノレールとだぶります。せっかく軌道に乗ってきたモノレールの経営をつぶすことがあってはなりません。モノレールとは共存できるよう経営は一体化し、ルートはだぶらず、乗り換えも改札内・短距離でできるよう配慮しなければなりません。

そこで、戦前嘉手納線ルートを美浜まで踏襲(イオンモール経由の場合は旧北谷駅まで)、うち安里からメインプレイスを経て旧内間駅までを西よりルート、また、現コンベンションセンター付近も西よりルートというのはどうでしょうか。現時点ですでに車社会で栄えている場所をほぼ全部経由できます。さらに車両基地を読谷山に置けば嘉手納線は完全復活できます。

そうなると、必然的に旧古波蔵・与儀駅経由となります。

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与儀経由のメリット

与儀を経由することでまずモノレールとだぶらなくなります。そして(市民会館と県立図書館は移転が確定的→移転(決定)しました)、赤十字や看護大学、壺屋、農連市場へのアクセスがしやすくなります。

勿論、与儀周辺の人は駅まで歩くという習慣づけができ、健康回復にも貢献するでしょう。さらに、神里原付近が繁華街として半世紀以上のブランクを経て復活する可能性もあります。

実際すでにマンションが立ち並んできています。

三越閉店で商店街としての使命を終えそうな国際通りにも復活のきっかけをもたらすでしょう。与儀駅と美栄橋駅を結ぶラインが繁華街となり、平和通周辺が活性化、これと沖縄県庁前(パレット)-牧志駅間の国際通りが十字路となり、那覇の姿が大きく変わることも期待されます。

現在沖縄県が本格的な鉄軌道導入の実現へ向け、ページを開設しています。

新型感染症の影響で地上に変更あり?(2020年5月追記)

中国の研究所起源が有力の新型感染症の蔓延に伴い、鉄道は窓を開けて走るようになりました。感染症は鎮静化に向かいつつありますが、地下鉄の弱点が出てきた感がします。

とは言え、路面だと今の交通意識では踏切事故続発、そもそも国土交通省が踏切必要とする普通鉄道の地面走行を原則認めていません(可部線は廃線の部分再開の条件で踏切認可、しかもその数は少ない)。大江戸線方式となればなおさら。高架になるでしょう。

高架となると立ち退き続発、もしそうなるなら、この際空き家を整理して鉄道沿線を全部明け渡すべきと考えます。

なお、自分のBVEやA列車では部分的に地下にしている以外は高架になっています。皮肉にも自分の敷設イメージが実現するかもしれません



2013年7月28日 (日)

沖縄県ビルギャラリー特別編:建設中の15階以上のマンション

沖縄県の建設情報を見たら、やたら15階建てクラスのマンションが目立つようになってきました。15階建ては普通軒高が45m程度で設計されます。これから那覇に建つマンションの標準になるような気がします。

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プレサンスロジェ古波蔵レーヴ

地上15階建て

床面積:約3880㎡

2014年3月完成

 


プレサンスロジェ松尾レーヴタワーは、完成に伴い沖縄県ビルギャラリー:60m未満の項目に移動しました。

 


Cimg2478プレサンスロジェ美栄橋駅レーヴ

地上15階建て

 



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グランドパレス泉崎ハーバービュー

地上15階建て

2014年9月完成

 


以下は14階建てだが随時更新予定


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ワイズエステムコート壷川駅前(完成)


サザンパレス樋川プラシード(完成)


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ミルコマンション松尾ビュー


ル・サンク旭橋(完成)


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グランドパレス国際通り牧志


ミルコマンション県庁前

沖縄県ビルギャラリーへ

2012年3月16日 (金)

再開発の一方で:アメリカ世の記憶

最近、沖縄でも「ブラタモリ」に刺激されて、古の沖縄のいろんな場所の今の風景を探る動きが盛んになっており、ツアーまで組まれております。そのほとんどは琉球王朝時代や沖縄戦の前の時代というのがほとんどですが、アメリカ施政権下時代という近い時代を探る動きもあります。実際、再開発によってアメリカ施政権下初期の建物も姿を消しつつあります。2011年3月の震災以降、再開発は全国的に加速する一方で、数年内には記憶の中に消えてしまうのかもしれません。

その中で、今も残る建造物をいくつか探してみました。条件は築50年を超える建物です。

なお、グダグダさんなどのブログを発見する以前に、「国際通り物語」という歴史博物館の展示会で興味を持つようになったことを付け加えておきます。

スタイル洋装店(増築)

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まるみ屋(大龍ビル)→2016年冬に解体されました。

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與那嶺本店→元焼肉国際

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金城歯科→キッドハウス

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現在は道に合わせて階段があります。ひょっとして国際通り改修の名残なのでしょうか。

與那嶺本店・金城歯科や周辺建造物は、牧志1-3再開発計画により、2015→2018年(に延期)早期に壊されることが確実となりました。

友寄百貨店→ゲームイン那覇→現焼肉国際

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テレビ各社にはぜひとも、スーパーハイヴィジョン(走査線4000本以上)による記録を今のうちにやってもらいたいものです。

2012年3月 6日 (火)

沖縄再生構想:震災を教訓に編

2011年3月11日に東北・関東を中心に襲った大震災は、原発のあり方を含め大きな教訓を残しました。しかし、これは東京直下型地震や江戸時代以来の富士山大噴火の前触れにしか過ぎないと指摘されており、国家構造そのものを一極集中型から分散型に転換しなければ地球規模の犠牲になりかねないといわれています。

それだけではありません。日本各地で誘発地震が起き、沖縄も地震や津波に巻き込まれると指摘する学者もいるくらいです。特に沖縄を津波が襲えば、那覇が壊滅的打撃を受け、寄宮付近でも2階まで浸水、最高海抜30mまで遡上するともいわれているのです。このことから沖縄でも防災のための再開発は免れない状況です。

そこで、予想される計画(新規・変更・中止)を列挙してみました。

中止編

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沖縄タイムス社出戻り現場

沖縄テレビ郷土劇場跡地移転、沖縄タイムス社久茂地再移転(すでにタワークレーンが建てられている)が中止になり、タイムス社は完成はさせるものの、新聞社の移転を断念し、テナントビルとして使う可能性もあります。むしろ、琉球放送のほうが高台移転の可能性もあるくらいです。そのためなのか、最近嘉数送信所に(たぶんマルチメディア放送用か?)衛星アンテナが建てられました。

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那覇新都心にこんな建物が建つ?

変更編

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那覇市役所は元あった場所に現在新庁舎を建設中です。これも予定通り完成し、市役所は戻ってくることでしょう。防災対策として、震度7でも崩壊・あるいは激震に襲われない免震構造の建造物にし、津波が来ても避難場所として機能するようにテラス式にし、階数も12階建てと、ほぼ県庁に肩を並べる高さになります。県庁とも高い場所で接続します。しかし、役所機能を3階以下にも配置するなど、沿岸で津波を防ぎきれない場合は役所機能が損なわれる危険性はまだ捨てきれていません。それよりも高台とつながっていないため、これでは帰宅難民が大量発生する恐れもあります。

このため、開南小学校を同じく免震校舎に建て替え、さらに高層部を延伸、そのうえ、城岳公園までの建造物を一部解体し、一体の大型都市施設が誕生する可能性もあります。

2011年11月23日 (水)

沖縄県ビルギャラリー

こちらに記述していた最新データは、沖縄県ビルギャラリー

2014年10月10日付でデータを反映させました。

今後は、着工した60m以上のビルをこちらに追加します。

追加ビル