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2015年9月18日 (金)

沖縄再生構想特別企画:さよなら那覇タワー 

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那覇のランドマークとして機能していたころの写真はkこ

かねてから温めていた企画です。

那覇タワーは返還後の沖縄の新しい観光名所として、金城信吉氏の設計の元、南映劇場や病院数件などの跡地を利用して、返還前年の1971年に着工しました。1973年6月にオープン、当初は隣接する沖縄三越の駐車場と支援施設として機能しましたが、1979年ごろの那覇タワーランドというゲームセンター設置を境にそれ自体が商業施設として機能し始め、1982年にマキシーショッピングセンターとして本格的な商業施設となっています。

しかし、1990年にバブルが崩壊、ここから迷走を始め、1999年に宝観光開発が倒産、浦添の遊技場の手に渡りCOM-Dとして引き続き商業施設として機能したものの、ある事情で手放さざるを得なくなり、営業を縮小、そこへ本土の大手デベロッパーが登場してきます。同デベロッパーは地下に駐車場を復活させてゼファー那覇タワーとして営業、沖縄そば博物館も開設されました。

ところが、今度はリーマンショックが世界中を襲い、デベロッパーは倒産、別の不動産が会社の手に渡るものの、このころになると老朽化が懸念されてきました。

2011年3月に東北を襲った震災以降、沖縄でも地震・津波への危機感がようやく高まり、耐震診断の結果、那覇タワーは耐震性が弱いと判断されたのです。そのため、不動産会社は「解体」を条件に福岡のホテル会社に売却しました。

そして、2014年9月、アスベスト除去工事を皮切りに解体が始まりました。そして解体業者がとった方法は

普通のビルと同じく上からパワーショベルで解体

当然、リスクもあって、ついに死亡事故まで起きています。作業員のご冥福をお祈りします。

解体中の写真

事故や台風などもあって、当初半年の予定だった解体作業は結局1年以上もかかっています。それでも10月末には完全に姿を消すことになります。

ありがとう那覇タワー、何度も通ったその記憶は一生忘れません。

データ

名称:ゼファー那覇タワー(末期)

場所:那覇市牧志2-2-6

階数:地上19階地下2階

最高高さ:82.6m

床面積:19,155㎡
完成年:1973年5月
解体開始:2014年9月(建造物寿命約41年4か月)

PS:跡地利用ですが、解体工事中に死者が出たり、タワー自体が持ち主が6度も変わったり、そもそも前は病院(今でいう開業医院程度のもの)が建っており、ここで亡くなった人とかも多いと聞きます。メルパルク跡地のホテル計画が病院に衣替えしたように、三越跡地(はぴなは)の建て替え後の商業施設に一部を分割し、残りの土地で病院にするべきではないかと考えます。

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